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ラジオ体操の歌は何代目?「新しい朝が来た」の歴史と初代の歌を調査

ラジオ体操の歌は何代目?「新しい朝が来た」の歴史と初代の歌を調査

現在の「ラジオ体操の歌」は実は3代目。1931年の初代、戦後の2代目、藤浦洸・藤山一郎による現在の歌まで、朝の曲が入れ替わった歴史をたどります。

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ラジオ体操と聞くと、体操のピアノより先に、朝を告げる明るい歌が頭へ流れてくる人もいるでしょう。

歌い出しの短い一節だけで、夏休みの公園、まだ低い朝日、カードを持った子どもたちの姿まで思い出せます。日本で最も有名な「朝のスイッチ」の一つです。

ところが、現在の「ラジオ体操の歌」は、放送開始時から使われてきた曲ではありません。調べてみると、現在の歌は3代目。その前に、戦前の初代と、戦後に作られた2代目がありました。

この記事では歌詞全文を掲載せず、ラジオ体操の歌が何度作り直されたのか、現在の曲を誰が作ったのか、初代と何が違ったのかを中心に整理します。

先に結論

  • 現在の「ラジオ体操の歌」は3代目です。
  • 現在の歌は1956年制定で、作詞は藤浦洸、作曲は藤山一郎です。
  • 初代は1931年に発表され、作詞は小川孝敏、作曲は堀内敬三でした。
  • 戦後の1951年には2代目が作られています。
  • 現在の歌詞・楽曲には権利があるため、ブログへ全文を転載するのは避け、公式・許諾済みの視聴先へ案内するのが安全です。

現在のラジオ体操の歌は3代目

NPO法人全国ラジオ体操連盟の案内によると、現在の「ラジオ体操の歌」は1956年(昭和31年)に制定されました。

  • 作詞:藤浦洸
  • 作曲:藤山一郎
  • 制定:1956年

藤山一郎は作曲者であるだけでなく、自ら歌った音源でも知られています。日本コロムビアの公式情報でも、1956年に発表され、長く親しまれている曲として紹介されています。

レコードが発売された1958年という年が記載される資料もありますが、これは曲の制定・放送開始とレコード発売の時期を分けて考える必要があります。曲そのものは1956年に制定され、その後1958年に藤山一郎らによるレコードが発売されたと整理すると分かりやすいでしょう。

「ラジオ体操の歌」と「ラジオ体操第一の音楽」は別の曲

検索では「ラジオ体操の歌」「ラジオ体操第一 歌詞」「ラジオ体操の前の歌」など、似た言葉が使われています。

ここで混同しやすいのが、次の二つです。

名称役割歌詞
ラジオ体操の歌体操の前などに流れるテーマソングあり
ラジオ体操第一・第二の伴奏号令に合わせて体操するための音楽なし

ラジオ体操第一のピアノ曲は服部正、第二は團伊玖磨が作曲しています。一方、「ラジオ体操の歌」は、朝や希望を歌う独立した歌曲です。

「ラジオ体操第一の歌詞を知りたい」と検索している人の中には、体操の伴奏に歌詞があると思っている人もいれば、体操前に流れるテーマソングを探している人もいます。歌詞が付いているのは後者です。

初代ラジオ体操の歌は1931年に発表された

ラジオ体操の放送は1928年に始まりましたが、初代の「ラジオ体操の歌」が発表されたのは1931年7月です。

かんぽ生命の公式年表には、次の作詞・作曲者が記載されています。

  • 作詞:小川孝敏
  • 作曲:堀内敬三
  • 発表:1931年7月

現在の歌は、朝が始まる喜びや希望を感じさせる言葉で知られています。それに対して初代は、腕を曲げ伸ばしし、足を動かし、ラジオの号令に合わせるという、体操そのものを強く意識した内容でした。

歌詞全文はこの記事には掲載しませんが、言葉遣いや漢字表記を見ると、昭和初期の国民体操としての空気が伝わってきます。現在の歌を知っている人が聞くと、「同じラジオ体操の歌なのか」と驚くほど印象が異なります。

初代が作られた1931年は、東京・神田で始まった「子どもの早起き大会」が全国へ広がっていく時期でもありました。体操だけでなく、みんなで歌える曲を加えることで、地域の集まりとして参加しやすくする役割もあったのでしょう。

2代目の歌は1951年、現在のラジオ体操第一と同じ年に登場

戦後、ラジオ体操は内容を大きく見直されました。1946年に2代目の第一・第二・第三が作られましたが、動きが十分に定着せず、短期間で放送を終えます。

1951年5月には、現在のラジオ体操第一が放送開始。同じ1951年には、2代目の「ラジオ体操の歌」も発表されました。

音楽資料では、2代目は作詞・脇太一、作曲・大中恩、歌唱・藤山一郎とコロムビア合唱団とされています。

しかし、この2代目も現在まで残りませんでした。1956年に藤浦洸作詞、藤山一郎作曲の3代目が制定され、現在へ続いています。

世代発表・制定作詞作曲
初代1931年小川孝敏堀内敬三
2代目1951年脇太一大中恩
3代目・現在1956年藤浦洸藤山一郎

ラジオ体操第一・第二が現在の形へ作り直されたのと同じように、番組の顔となる歌も時代に合わせて更新されてきました。

なぜラジオ体操の歌は何度も変わったのか

「初代が不評だったから」「2代目の歌詞が長かったから」と説明されることもありますが、公式資料で変更理由のすべてが詳しく公開されているわけではありません。

確実に言えるのは、体操そのものが戦前・戦後で入れ替わり、番組の役割や社会の空気も大きく変わったことです。

戦前に作られた初代の歌を、戦後の新しい体操へそのまま載せるのではなく、その時代のラジオ体操に合う歌を作り直す必要がありました。1951年の2代目、1956年の3代目は、戦後の生活へラジオ体操を定着させ直す過程で生まれたと考えられます。

3代目の歌は、体操の動作を細かく説明するのではなく、「朝が始まる」「希望を持って一日を始める」という普遍的な風景を描きます。そのため、体操の振付や放送の形式が多少変わっても古びにくかったのでしょう。

現在の歌が長く残った理由

最初の短い言葉だけで曲が分かる

現在の歌は、冒頭を少し聞くだけでラジオ体操だと分かります。曲名を知らなくても、メロディーを聞けば朝の風景が浮かぶ。番組のテーマソングとして非常に強い特徴です。

歌詞が体操の動きに限定されていない

初代は体操の号令や体の動きを強く感じさせる歌でした。現在の歌は、朝、空、希望、喜びといった広いイメージを扱っています。

学校、公園、職場、家庭のどこで流れても不自然になりにくく、子どもから大人まで自分の朝へ重ねられます。

作曲者自身の歌声が定番音源になった

藤山一郎は昭和を代表する歌手の一人で、発声や歌唱指導でも知られました。作曲者本人が歌う音源が広く残ったことで、曲と歌声が一体になって記憶されています。

夏休みの体験と結びついた

歌そのものを頻繁に聴かなくなっても、夏休みのラジオ体操という体験が毎年繰り返されれば、曲は世代を越えて残ります。

出席カードやスタンプの歴史については、こちらの記事で詳しくまとめています。

夏休みのラジオ体操はいつから?カード・スタンプ・皆勤賞の懐かしい歴史

ラジオ体操の歌はいつ流れる?

朝のラジオ体操番組では、体操の前にテーマソングが流れる構成が知られています。一方、すべての放送時間帯・番組構成で必ず同じ形になるとは限りません。

「歌を聴きたい」のか、「体操第一を実際に行いたい」のかによって探す動画も変わります。

  • 歌を聴きたい:日本コロムビアなど権利者が提供する音源を確認
  • 体操をしたい:かんぽ生命の公式YouTubeチャンネルやNHKの案内を確認
  • 初代・2代目を知りたい:歴史資料や所蔵音源を探す

動画サイトには個人が歌ったもの、古いレコードを録音したもの、歌詞を表示したものが混在しています。公式性を重視する場合は、配信元のチャンネル名と権利表記を確認しましょう。

同じ「ラジオ体操の歌」でも、音源によって印象が変わる

現在の歌を探すと、藤山一郎の歌唱、児童合唱団、ダ・カーポによるカバーなど、複数の音源が見つかります。日本コロムビアのCDにも、作曲者本人の歌唱版だけでなく、児童合唱団版やカバー版が収録されています。

同じ旋律でも、藤山一郎の端正な歌声では昭和の放送音楽らしさが強く、子どもの合唱では夏休みの学校行事に近い印象になります。企業CMやイベントで新しい編曲が使われることもあり、昔の曲がそのまま保存されているだけではなく、時代ごとの声で歌い直されてきました。

ここで注意したいのは、カバー音源を見つけたからといって、その動画や音源をブログへ自由に埋め込めるとは限らないことです。公式チャンネルの埋め込み設定、配信サービスの利用規約、楽曲と録音物の権利を確認してください。

記事内で視聴先を紹介するなら、「藤山一郎が歌う定番版」「児童合唱版」「現代のカバー」のように違いを説明し、権利者やレコード会社が公開するページへリンクする方法が読者にも親切です。

初代や2代目を探すときは、曲名だけでは見つけにくい

三つの世代はいずれも「ラジオ体操の歌」という同じ名前で紹介されます。そのため、検索欄へ曲名だけを入れると、ほとんどの場合は現在の3代目が表示されます。

古い歌を探す場合は、「ラジオ体操の歌 初代 1931」「小川孝敏 堀内敬三」「ラジオ体操の歌 2代目 脇太一 大中恩」のように、年代や作者名を加えると探しやすくなります。

古いレコード音源には、現物を所蔵する図書館・博物館の資料、レコード会社の復刻盤、個人がアップロードした録音などが混在します。歴史確認の資料として使う場合は、音が聞けるかどうかだけでなく、盤の発売年、歌手名、レコード番号などの説明があるかも確認しましょう。

歌詞全文をブログへ載せてもいい?著作権に注意

「ラジオ体操の歌 歌詞」は検索数の多いキーワードですが、検索されるからといって、歌詞全文をブログへ転載してよいわけではありません。

現在の3代目は1956年制定で、作詞者・作曲者の著作権が関係します。また、音源を使う場合は、作詞・作曲だけでなく、歌唱や録音物に関する権利も別に考える必要があります。

かんぽ生命は、ラジオ体操第一・第二などの楽曲を使用する際の手続きを案内しています。学校行事、イベント、動画投稿、商用利用などで音源を使う場合は、「昔からある曲だから自由」と判断せず、用途に応じた確認が必要です。

ブログ記事では、曲名、制定年、作詞・作曲者、歴史を紹介し、歌詞は必要最小限の言及にとどめる方法が安全です。全文を読みたい人には、許諾を得た歌詞サービスや公式音源へ案内します。

この記事で歌詞全文を掲載しない理由

現在の「ラジオ体操の歌」は著作権の対象です。検索者の利便性だけを理由に全文転載せず、曲の歴史、作者、世代の違いを中心に紹介しています。

体操も歌も3代目という、少し不思議な一致

現在のラジオ体操第一は3代目、第二も3代目。そして「ラジオ体操の歌」も3代目です。

ただし、同時に一式として作られたわけではありません。現在の第一は1951年、第二は1952年、歌は1956年に制定されています。

ラジオ体操の放送時間も、1928年の朝7時、1951年の朝6時15分という記録を経て、現在の朝6時30分へ定着しました。

ラジオ体操は何時から?なぜ朝6時30分なのか、最初は7時だった歴史を調べた

私たちは一つの完成された伝統を受け継いでいるように感じますが、実際には体操、歌、放送時間が別々に調整され、今の形へ組み上がっています。

よくある質問

現在のラジオ体操の歌は何代目ですか?

3代目です。1956年に制定され、作詞は藤浦洸、作曲は藤山一郎です。

初代のラジオ体操の歌はいつ作られましたか?

1931年7月に発表されました。作詞は小川孝敏、作曲は堀内敬三です。

現在の曲は1956年と1958年のどちらですか?

曲の制定・発表は1956年とする公式団体・レコード会社の資料があります。1958年は藤山一郎らによるレコードの発売年として記録されています。

ラジオ体操第一の伴奏に歌詞はありますか?

体操第一の伴奏曲と「ラジオ体操の歌」は別の曲です。歌詞があるのはテーマソングの「ラジオ体操の歌」です。

初代の歌詞は掲載できますか?

著作権の保護期間は作者や公表状況などによって判断が必要です。また、古い音源には別の権利が関係します。記事制作では、全文掲載を前提にせず、必要に応じて権利者や専門窓口へ確認するのが安全です。

まとめ

現在の「ラジオ体操の歌」は3代目で、1956年に制定されました。作詞は藤浦洸、作曲は藤山一郎です。

その前には、1931年の初代と1951年の2代目がありました。体操そのものが戦前・戦後で作り直されたように、朝を告げる歌も時代に合わせて入れ替わっています。

現在の歌は、運動の手順よりも、一日の始まりと希望を描いた曲です。だからこそ、学校でも職場でも公園でも流すことができ、何十年たっても「朝の歌」として古びにくかったのでしょう。

わずかな歌い出しで夏休みの空気まで戻ってくる。ラジオ体操の歌は、番組のテーマ曲を越えて、日本人の朝の記憶を保存する音楽になっています。

主な参考資料

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