ラジオ体操第三とは?なぜ消えたのか、第一・第二との違いを調査
ラジオ体操には第一・第二だけでなく、かつて第三もありました。初代と2代目が存在しながら、なぜ現在は放送されないのか。消えた経緯と復刻版の違いを整理します。
CONTENTSこの記事のもくじ
ラジオ体操といえば第一と第二。ここまでは学校や職場で経験した人も多いでしょう。
では、「ラジオ体操第三」と聞いたらどうでしょうか。
ゲームの隠しステージのような名前ですが、ラジオ体操第三は本当に存在しました。しかも一種類ではありません。戦前に作られた初代と、戦後に作られた2代目があり、後年になってそれぞれが復刻されています。
それなのに、現在のNHKの定番放送には第一と第二しかありません。第三はなぜ消えたのでしょう。
先に結論
- ラジオ体操第三は実在しました。
- 初代の第三は1939年に発表されました。
- 1946年には、第一~第三をまとめて作り直した2代目の第三が登場しました。
- 2代目は動きが複雑で、音声だけでは伝えにくかったことなどから短期間で放送を終了しました。
- 1951年以降に現在の第一・第二が作られた際、3代目の第三は継承されませんでした。
- 現在見られる「第三」の多くは、龍谷大学の研究者らが資料から復刻した体操です。
ラジオ体操第三は本当にある
かんぽ生命の歴史資料では、1939年(昭和14年)、厚生省が国民体力の向上を目的に「初代ラジオ体操第三」を発表したと記されています。
その後、終戦翌年の1946年には、初代のラジオ体操を中止し、第一・第二・第三をすべて作り直した2代目が制定されました。
現在広く知られるラジオ体操第一は1951年、第二は1952年に制定された3代目です。しかし、このとき第三は作られませんでした。
したがって、ラジオ体操の世代を並べると少し変則的です。
| 種類 | 初代 | 2代目 | 3代目・現在 |
|---|---|---|---|
| ラジオ体操第一 | 1928年 | 1946年 | 1951年 |
| ラジオ体操第二 | 1932年 | 1946年 | 1952年 |
| ラジオ体操第三 | 1939年 | 1946年 | 作られず |
現在の第一・第二が3代目である一方、第三は2代目で系譜が止まっています。「幻のラジオ体操第三」と呼ばれる理由は、単に古いからではなく、現行版へ引き継がれなかったからです。
初代ラジオ体操第三は1939年に誕生
初代のラジオ体操第一は1928年、第二は1932年に始まりました。第一が一般向け、第二が青壮年向けとして作られたのに続き、1939年に第三が加わります。
かんぽ生命の資料では、厚生省が国民体力の向上を目的として発表した体操とされています。
龍谷大学の研究者らが後に復刻した初代第三は、立ったまま行う激しい体操というより、座った姿勢でも取り組める動きを含む体操でした。膝や腰に不安がある人、高齢者などにも応用しやすい内容として紹介されています。
「第三なら第一・第二より上級で激しいはず」と想像しやすいのですが、初代第三は必ずしも難易度順の最上級コースではありません。第一、第二、第三は、数字が大きくなるほど強度が上がる一本の階段ではなく、作られた時期や対象、目的が異なる別の体操です。
1946年の2代目ラジオ体操第三は、動きがかなり複雑だった
終戦後の1946年、戦前の体操は中止され、新しい第一・第二・第三が制定されました。
龍谷大学の紹介によると、2代目の第三は、両腕を大きく回しながら屈伸したり、両脚を開閉してリズムよく跳んだりする、複雑で躍動的な動きを含んでいました。
現在のラジオ体操第一も音声だけで初めて行うのは簡単ではありませんが、多くの人が学校などで動きを教わり、音楽を聞けば体が動きます。1946年当時の2代目第三は、新しい動きをラジオの号令だけで全国へ伝えなければなりませんでした。
映像配信も、好きな場面へ戻れる動画もありません。聞き逃したら次の動作へ進んでしまいます。複雑で素早い運動ほど、ラジオだけで普及させる難易度は上がります。
ラジオ体操第三はなぜ消えたのか
「GHQに禁止されたから第三が消えた」と短く説明されることがあります。しかし、これだけでは時系列を正確に表せません。
戦前の初代第一~第三は終戦後に中止されましたが、1946年には新しい2代目第一~第三が実際に作られています。つまり、第三という存在そのものが直ちに禁止され、そこで終わったわけではありません。
第三が現在まで残らなかった流れは、次のように考えると分かりやすくなります。
2代目の第一~第三が短期間で終了した
1946年版は、第一から第三まで十分に普及せず、1947年に放送を終了しました。新しい体操として定着させるには、動きの伝え方や内容に課題がありました。
第三は音声だけで覚えるには複雑だった
特に2代目第三は、跳躍や大きな腕の回転を含み、動作解説図なしで理解するのが難しい体操でした。ラジオ番組としては、「誰でも音を聞いて一緒にできる」という条件と相性がよくありません。
現在版を作るとき、第一・第二だけが再構成された
1951年に現在の第一、1952年に現在の第二が制定されました。第一は幅広い人向け、第二は職場などで働く人向けという役割を持ちます。
その際、第三の3代目は作られませんでした。公式資料には「この一つの理由で第三を廃止した」という詳しい決定過程までは示されていませんが、第一・第二の二本で目的を分け、誰でも覚えやすい現在の形へ整理したと考えられます。
「GHQが第三だけを禁止した」は正確ではない
終戦後に戦前版は中止されましたが、1946年には2代目の第三が作られています。第三が消えたのは、戦後の見直し、2代目の短期終了、現在版で継承されなかったことが重なった結果です。
復刻されたラジオ体操第三には初代と2代目がある
長く姿を消していた第三を、資料から復刻したのが龍谷大学の研究者らです。
2013年、安西将也教授らは、1946年に作られた2代目ラジオ体操第三を動作解説図などから復刻しました。複雑で運動量のある体操として話題になります。
その後の調査により、2017年には1939年に発表された初代ラジオ体操第三も復刻されました。
ここが検索すると混乱しやすい点です。「幻のラジオ体操第三」と書かれた動画や記事が、同じ第三を指しているとは限りません。
| 復刻された第三 | 元の制定年 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 初代ラジオ体操第三 | 1939年 | 座位でも行える動きを含み、幅広い人へ応用しやすい |
| 2代目ラジオ体操第三 | 1946年 | 跳躍や大きな動きがあり、複雑で運動量が多い |
「第三は激しい」と紹介される場合は、主に2代目の復刻版を指している可能性があります。
検索される「ラジオ体操第三 公式」とは?
現在、NHKで毎日放送される現行のラジオ体操は第一・第二であり、第三は現行の定番体操として制定されていません。
一方、かんぽ生命の公式YouTubeチャンネルでは、龍谷大学の安西教授による復刻研究を基にしたラジオ体操第三の動画が公開されています。
つまり、動画が公式チャンネルから配信されていることと、第三が現在のNHK定時放送へ正式復帰していることは別です。
- 現行のラジオ体操として公式に放送:第一・第二
- 歴史的な体操を研究・復刻した公式動画:第三
動画を探すときは、タイトルだけでなく、初代か2代目か、誰が復刻したものか、配信元がどこかを確認すると迷いません。
第一・第二・第三は何が違う?
現在の第一と第二、復刻された第三は、それぞれ生まれた時代も目的も違います。
ラジオ体操第一
幅広い年代が取り組みやすい現在の基本体操です。1951年に制定され、13の運動で構成されています。学校や地域で最も経験する機会が多い体操でしょう。
ラジオ体操第二
1952年に職場向けとして制定されました。第一より力強く、大きな動きや跳ぶ動作を含みます。第一より知られていないように見えますが、現在も公式のラジオ体操です。
復刻された2代目ラジオ体操第三
1946年版を復刻したもので、動作の切り替えが多く、腕と脚を同時に大きく動かします。第一・第二に慣れた人でも、最初は映像を見ながら練習する必要があります。
復刻された初代ラジオ体操第三
1939年版を復刻したもので、座った姿勢でも行える運動を含みます。「第三」という名前だけで、すべてが高強度とは限らないことを示す体操です。
かんぽ生命の公式Q&Aは第三をどう説明している?
かんぽ生命の公式Q&Aでは、戦後、GHQからの示唆などを受けてNHKが1946年4月13日に戦前版の放送を自粛・終了し、同年に新しい第一・第二・第三を放送した流れが説明されています。
この2代目シリーズは、音楽に舞踊的な要素を取り入れたことから「舞踊体操」と呼ばれることもありました。しかし、動きが複雑で音声だけでは理解しにくく、当時の社会状況も重なって普及しませんでした。1947年8月で放送を終了し、ラジオ体操はいったん放送から姿を消します。
その後、復活を求める声を受けて、誰にでも分かりやすい体操を作り直す作業が進みました。1951年に現在の第一、1952年に第二が誕生しますが、第三は戻りませんでした。
公式Q&Aを読んでも、「第三だけを廃止すると決めた会議の理由」までは示されていません。分かるのは、2代目シリーズ全体が定着せず、再出発時には第一と第二の二本へ整理されたという経過です。「激しすぎたから消えた」と一言で断定するより、この流れを押さえたほうが正確です。
テレビ番組で第三が知られ、検索されるようになった
ラジオ体操第三は、復刻研究だけでなく、テレビ番組で取り上げられたことで一般にも知られるようになりました。2019年にはNHKの番組で、第一と第二の違いや、戦後の第三が紹介され、出演者が複雑な動きへ挑戦しています。
検索データに「ラジオ体操 第3 チコちゃん」という言葉が残っているのは、この放送を見た人が、番組名を手がかりに体操を探したためでしょう。
ただし、テレビで再現された第三、龍谷大学が復刻した第三、かんぽ生命公式チャンネルの第三は、説明の切り取り方が異なる場合があります。動画を見る際は「1946年の2代目を復刻したものか」「1939年の初代か」を確認すると、別の動きを同じ第三だと勘違いせずに済みます。
ラジオ体操第三を行うときの注意
2代目第三の復刻版は、跳躍や大きな屈伸などを含みます。動画を初めて見て、いきなり号令と同じ速度で行うと、動きを追うことに集中しすぎる可能性があります。
- 周囲に手足をぶつける物がない場所で行う
- 最初は動画を止めながら動作を確認する
- 跳ぶ動作が難しい場合は無理をしない
- 痛みや体調不良がある場合は中止する
- 高齢者や運動に不安がある人は、座位の運動や第一から始める
この記事は第三の歴史を紹介するもので、個別の健康状態に応じた運動指導ではありません。体調や身体機能に不安がある場合は、医療・運動の専門家へ相談してください。
第三が復活しなかったからこそ、気になる存在になった
ラジオ体操第三が現在も毎朝放送されていたら、これほど「幻」と呼ばれることはなかったでしょう。
第一・第二は、音楽が流れれば多くの人が動きを思い出せます。第三は系譜が途切れ、図や資料の中へ入りました。忘れられたことで、逆に「どんな体操だったのか」という好奇心を引きつけます。
現在の第一・第二も、実は3代目です。ラジオ体操の全体史や放送時間の変化は、こちらの記事でまとめています。
ラジオ体操は何時から?なぜ朝6時30分なのか、最初は7時だった歴史を調べた
また、体操前に流れる「ラジオ体操の歌」も3代目まであります。
ラジオ体操の歌は何代目?「新しい朝が来た」の歴史と初代の歌を調査
よくある質問
ラジオ体操第三はNHKで放送されていますか?
現在の定番放送は第一・第二です。第三は現行版として毎日放送されているわけではありませんが、復刻版の動画を見ることができます。
ラジオ体操第三はいつ作られましたか?
初代は1939年、2代目は1946年です。1951年以降の現行シリーズでは第三は作られませんでした。
ラジオ体操第三はなぜ消えたのですか?
戦後に作られた2代目の第一~第三が短期間で終了し、現在版を制定する際に第一・第二だけが継承されました。特に2代目第三は動きが複雑で、ラジオの音声だけで伝えにくかったことが指摘されています。
第三は第一・第二より激しいですか?
2代目第三の復刻版は跳躍などがあり、かなり活動的です。一方、初代第三は座位でもできる動きを含みます。どの世代の第三かによって特徴が異なります。
ラジオ体操123とは何ですか?
検索では第一・第二・第三をまとめて探す表現として使われます。ただし、現在の公式な定番体操は第一・第二で、第三は歴史的な体操の復刻版です。
まとめ
ラジオ体操第三は、都市伝説ではなく実在した体操です。1939年の初代と1946年の2代目がありました。
戦後の2代目第三は複雑な動きを音声だけで伝えにくく、第一・第二を含む2代目シリーズ自体が短期間で終了します。その後、現在の第一と第二が制定された際に、第三は継承されませんでした。
現在見られる第三は、龍谷大学の研究者らが残された資料から復刻したものです。しかも初代と2代目では内容が異なり、「第三は激しい」という印象は主に2代目の復刻版から来ています。
第一と第二の隣にあったはずなのに、一つだけ現代へ渡れなかった第三。消えたからこそ再発見され、いま再び動画で動きを確かめられるようになりました。
主な参考資料